ベルリンの壁が開いた二日後の1989年11月11日、フリードリヒ通りの検問所チェックポイント・チャーリーには越境を待つ列ができた。写真家ユルゲン・ナーゲルの記録は、車、人びと、国境兵、テレビカメラが集まる検問所を「国境検問所の待ち行列」と明記している。
この場所は壁の時代、外国人、連合国軍人、外交官が東西ベルリン間を通る七つの道路検問所の一つだった。11月9日の旅行自由化の直後、かつて越境を厳しく選別した設備が、突然押し寄せた移動希望者を順番に通す場所へ変わった。
壁が開いたという歴史的な一文だけでは、移動は完了しない。人は実際の道路を通り、検査施設を抜けなければならない。チェックポイント・チャーリーの列は、政治的自由が発表された瞬間と、市民がそれを身体で実行する瞬間の間に残った時間だった。
