1942年4月25日、サンフランシスコのブッシュ通り2031番地で、日系人が日系市民協会の講堂へ入る長い列をつくった。ドロシア・ラングの写真を保存する米国議会図書館は、戦時中の強制収容所へ送られる前の登録列だったと説明する。

この列は希望する商品や催事への入口ではない。政府が出自を理由に住民を家から排除する過程で、本人確認と登録を一人ずつ処理するための順番だった。写真に残った整然さは、措置が公正だったことを意味しない。行政の手続きが、権利の剝奪を日常的な窓口作業の形で進めた記録である。