1945年7月3日、ニュー・ブリテン島ジャキノット湾近くのパルマルマル農園で、兵士たちは九つの馬券窓口に列をつくった。待っていたのは本物の競走馬ではない。第18前方兵器廠の娯楽小屋に設けられた、ニュー・ブリテン・ターフクラブ最初の競馬会だった。蝋で作られた馬が、振動によって12フィートのコースを走る仕組みだった。

オーストラリア戦争記念館の写真キャプションは、列の目的、窓口数、日付、場所を具体的に残している。戦時中の兵士の生活を一枚で説明することはできないが、軍務の合間に娯楽を組織し、その娯楽にも賭けを受け付ける順番が必要だったことは分かる。

普通なら小さな模型競馬に九つもの窓口は大げさに見える。だが、人数が集中する短い余暇では、遊びを成立させるためにも処理能力が要る。十二フィートのコースを走る蝋の馬より長く見える列は、戦場近くで作られた娯楽が、想像以上に本気で運営されていた証拠である。