1989年9月10日の夕方、東ドイツ市民はハンガリーとオーストリアの国境が開くのを待った。「ベルリンの壁年代記」の写真資料は、国境開放前に待機する人々を場所と日付つきで記録している。翌11日、ハンガリーは東ドイツ市民の西側への出国を認め、数日のうちに約1万4,000人がハンガリーを離れた。

この列は、入国審査を順番に受ける通常の国境列ではない。少し前まで越境を妨げていた政治的な境界が、政策決定によって通路へ変わる瞬間を待つ列だった。並んだ人々にとって、先頭へ進むことは旅行の一工程ではなく、帰国せずに西ドイツへ向かう人生の分岐だった。

国境は地図上の一本の線に見える。しかし実際には、柵、兵士、許可、時刻、そして開門を待つ人の順番でできている。この夜の列は、冷戦の巨大な構造が、一つの門の開閉にまで縮まった光景だった。