1893年のシカゴ万博で、観客は直径約76メートルの巨大な観覧車へ乗る順番を待った。ジョージ・フェリスが設計した車輪には36台の客車が付き、一台は多数を収容できたが、乗降は決められた場所で一台ずつ進む。米議会図書館の万博写真群は、ミッドウェーにそびえる車輪、客車、周囲の群衆を記録している。

この乗り物は、パリのエッフェル塔へ対抗できる米国の技術的象徴として企画された。高さを眺めるだけでなく、観客自身を空へ運ぶ点が違う。しかし大量輸送の外見とは裏腹に、乗降口は狭い。客車が停止し、乗客を入れ替え、安全を確認して再び動くまで、地上の列は車輪の回転速度に従った。

写真資料だけから個人の待ち時間を断定することはできない。それでも、観覧車が人気だった理由と待機の仕組みは明瞭である。万博の観客は、未来の都市交通ではなく娯楽として巨大機械に運ばれた。空から会場を一望する数分を得るため、まず地上で鉄の車輪が自分の客車を連れてくるのを待った。

客車は巨大でも、観覧車は連続して高速回転する乗り物ではなかった。乗降のために停止と移動を組み合わせ、満員の一台が上昇する間に次の客車が地上へ近づく。この断続的な運転が、最後尾から見える進み方を独特にした。列は少し動いて止まり、頭上では前の客が景色を見ていた。