1942年4月25日、サンフランシスコで一人の若い日系米国人女性が列に並んでいた。待っていたのは、家族登録番号を受け取るための面談だった。五日後、彼女はタンフォラン仮収容所へ移される。戦時転住局の写真家ドロシア・ラングが撮影したが、女性の名前は長く記録から消えていた。

米議会図書館が2021年に公開した調査で、女性はシズコ・イナと確認された。番号は便利な整理券ではない。日系人を住居から退去させ、収容施設へ送る行政手続きの一部だった。写真の列では、家族が自分で望んだサービスを待つのではなく、政府が強制した移動の順序を受け入れさせられている。

後年、娘のサツキ・イナは、母が写真撮影に気づいておらず、この経験についてほとんど語らなかったと説明した。写真から当時の感情を決めつけるべきではない。しかし「登録を待つ人々」という一般名のまま見るのと、中央の人物をシズコと知って見るのとでは、列の意味が変わる。行政が人を番号へ置き換えた場面に、図書館の調査は一人の名前を戻した。