1885年に掲載された巡礼船の体験記は、ポートサイドでメッカへ向かう巡礼者400人を乗せ、さらにスエズで150人を受け入れたと伝える。船はすでに満員に見えたが、小舟が次々に横付けされ、乗船者が甲板へ押し上げられた。これは整然とした桟橋の一列ではなく、船腹へ向かう複数の小舟と甲板上の群衆が連続する乗船待機だった。
1869年のスエズ運河開通と蒸気船の普及は、海路巡礼を速くし、参加者数を増やした。一方、運賃の安い巡礼輸送では一人あたりの空間が極端に小さくなり、飲料水、衛生、感染症対策が重大な問題になった。コレラ流行後は検疫所での観察期間も課され、巡礼者は港、船、検疫施設で何度も待った。
