1993年春、ベオグラードでは、破綻しかけた民間銀行ダフィメントから預金を引き出そうとする人々が、サッカー競技場を取り巻くように並んだ。ワシントン・ポストの現地報道によれば、何千人もの預金者が何時間も待ったが、その日に受け取れるのは現金ではなく、後日支店へ行く日時を指定する番号だった。

背景には、旧ユーゴスラビア解体期の戦争、国際制裁、そして急激なインフレがあった。高い利回りを掲げて外貨預金を集めた銀行への不安が広がり、別の民間銀行が支払いを停止すると、引き出しを求める動きが一気に強まった。列は、価値を失う通貨だけでなく、金融機関への信頼が崩れていく速度も示した。

この待機の固有性は、二重の順番にある。まず競技場で番号を得るために待ち、その番号が指定する日に、もう一度銀行で待つ。貯めた金を取り戻すという単純な行為が、予約を得るための行列へ変わったこと自体が、ハイパーインフレ下の日常の異常さを物語っている。