1989年1月、ワルシャワの旅券窓口は人であふれた。ロサンゼルス・タイムズの現地報道によれば、きっかけは、国外へ出るたびに地元警察署へ旅券を申請する従来制度を改め、市民が旅券を自宅で保管できるようにした新規則だった。
これは旅券を新たに発行してもらうだけの列ではない。国境を越える許可を国家がその都度預かっていた社会で、旅行文書を自分の手元に置く権利を受け取る列だった。同じ週、ワルシャワでは個人商売の届け出窓口や、連帯のワレサへのインタビューを載せた新聞売り場にも列ができた。制度の小さな変更が、街の別々の場所で同時に待つ人々を生んだ。
この列の固有性は、移動そのものではなく、移動を決める権限が誰の手にあるかを可視化した点にある。窓口で待つ時間は、共産党政権末期のポーランドで、日常の自由が行政手続きとして少しずつ戻ってくる時間でもあった。
