1968年、西アフリカのベナン共和国コトヌーで、地元の子どもたちが天然痘の予防接種を待って長い列をつくった。米国疾病対策センター(CDC)の写真資料PHIL 7076は、当時まだダホメと呼ばれていた国で撮影された場面と明記している。列の先にあるのは切符売り場でも配給窓口でもなく、一人ずつ行う接種だった。
この写真が撮られたのは、世界天然痘根絶計画が西アフリカを含む各地で接種と患者監視を拡大した時期である。天然痘は感染力が強く、助かった人にも瘢痕や失明を残した。ワクチンは以前から存在したが、根絶には「ある国で接種した」だけでは足りない。地域を回り、対象者を集め、接種済みかを管理し、感染者が出れば周囲を追跡する必要があった。
写真の説明は子どもの人数、待ち時間、学校名を示していない。そのため、列の長さを数字で補ったり、子どもの感情を推測したりはできない。確認できるのは、予防という抽象的な政策が、コトヌーでは子ども一人ずつが順番を待つ工程になったことだ。
WHOは1980年、世界規模の接種運動の結果として天然痘根絶を宣言した。1968年の列に並んだ一人ひとりは、その最終結果を見るより前に腕を差し出した。病気が消えたあとには列も消えたが、CDCの写真には、消滅へ向かう感染症と、まだ接種を待つ身体が同じ一枚に残っている。 写真資料がパブリックドメインで残されたことで、根絶計画は成功後の統計だけでなく、現場で接種を待った人々の順番としても検証できる。政策の成果を支えた作業単位は、列の先頭へ進む一人だった。
