1943年のベンガル飢饉では、食料不足だけでなく、誰が公の配給列に加わると見なされたかまで救済を分けた。歴史研究『Ending Famine in India』は、ベンガル州ヒンドゥー大協会の救済委員会が、配給を求めて列に並ぶことをカーストと階級の感覚からためらう中間層・上位カーストの人々を対象にしたと記す。サンスクリット学校のパンディットも個別に言及された。一方、同時代の救済は共同炊事場や一般配給を利用した多数の飢餓者を相手にしていた。この列の固有性は、列が不足品を順番に渡す装置であると同時に、身分意識が公共の待機から一部の人を遠ざけ、別枠の救済を生む境界になった点にある。飢饉を忍耐の物語にはせず、救済制度そのものに階級とカーストの差が入り込んだ記録として読む。