1895年から1905年の間、パリ市庁舎前の河岸で、人々がバトー・ムーシュと呼ばれる遊覧船を待って並んだ。カルナヴァレ博物館の写真目録は、撮影場所と年代幅を示し、複数の人がカメラを見返す列を記録している。

セーヌ川の遊覧は、移動そのものを楽しみに変える都市文化だった。しかし船に乗れる人数には限りがあり、楽しみの入口にも順番が生まれる。写真の人々が見ていたパリと、現在の観光客が見るパリは違う。それでも、景色を楽しむ前に乗り場で待つという小さな経験は、世紀を越えてよく似ている。