1945年の横浜で、人々は路面電車の停留所に整然と並んだ。オーストラリア戦争記念館の写真説明は、生活物資を売る店の前だけでなく、電車を待つ場所にも同じような列ができたと記している。

終戦は交通をただちに平時へ戻さなかった。限られた車両と多くの乗客を結びつけるには、誰が次に乗るかを決める必要がある。列は都市が再び動き始めるための小さな設備だった。線路や車両だけでなく、乗客同士が受け入れる順番も公共交通を支えていた。