1990年9月3日、モスクワ各地の店で人々がパンの列に並んだ。バナナや肉、砂糖なら不足と配給券に慣れていた市民にも、安くて新鮮なパンは「いつでもある」数少ない食品だった。長いパン列を覚えているのは1964年以前以来だと記事は伝える。電気技師の男性は一斤を見つけるまで4店を回った。パン店150号では、残った白パンを店員が自分用に取っていると客が疑い、店内で言い争いになった。店外でも人々が集まり、改革と悪化する供給を結び付けて議論した。欠品品目が増える中、パンの列は単なるもう一つの不足ではなかった。ソ連の日常で最後まで信頼されていた基準が崩れ、ペレストロイカへの評価が買い物の順番で試された。
ソ連 · 1990
「パンだけはあった」が崩れた1990年モスクワ
