1990年6月11日、東ベルリンの銀行と貯蓄銀行の前に、通貨切替の手続きをする市民が早朝から並んだ。ライプツィガー通りでは列が200メートルを超えたとターゲスシュピーゲルの記録は伝える。

7月のDマルク導入に先立ち、人びとは口座を切り替える申請を提出した。現金の直接交換はできず、子どもや配偶者の口座を新設する必要がある家庭もあった。銀行は人員と営業時間を増やし、初日に集中しないよう呼びかけた。

国家の通貨統合は、紙幣が一夜で変わる出来事ではない。列の一人ずつが申請書と口座を整えることで実行された。200メートルの待機は、巨大な制度変更が窓口作業へ分解された長さだった。