1942年1月、プエルトリコのカボ・ロホで、人々が余剰食料配給所の前に並んだ。ジャック・デラノの写真を所蔵する米国議会図書館は、その日に脂身と穀粉が配られたと記録している。

『余剰』という言葉は、受け取る側の暮らしに余裕があったことを意味しない。制度にとって在庫である食料が、家庭に届けば一食の材料になる。写真は、物資が行政の分類から生活へ移る最後の工程を写している。その工程は、一人ずつ自分の番を待つ時間でできていた。