1947年の分離独立で西パンジャブから移動した難民は、ラホールで登録手続きを受けた。同年9月27日付の記録写真は、場所・対象・登録という目的を明記している。

国境が突然引かれたとき、生活を取り戻す最初の一歩は、自分の名を記録してもらう順番を待つことだった。