アルジェリアで1980〜90年代のラマダン最後の週、家庭で作ったカアクなどの菓子は、近所のパン屋へ運ばれて焼かれた。地元紙El Djoumhouriaの回想記事によれば、パン屋はこの仕事に専念し、菓子の大皿を抱えた子どもや若者は札を受け取って長い列で順番を待った。家庭に窯がないから単に外注した、というだけではない。普段はパンを焼く設備が祭日の直前だけ地域全体の共同窯へ変わり、皿ごとの焼成順を札と列で管理したのである。焼き上がった菓子は日没の礼拝を待って家へ戻る。記事は個々の待ち時間を示さないが、香りの立つパン屋前の列が、一軒の設備を近隣の祝祭準備へ組み替える仕組みだったことを伝えている。