2008年のカイロでは、補助金付きパンを求める列が午前3時から始まった。約5,000万人、人口の三分の二がこのパンを食べ、国家が価格の96%を負担していた。穀物価格の上昇と需要急増に、製パン所の能力が追いつかなかった。列の場所をめぐる争いで死傷者が出たとの報道もあり、極端な暑さの待機中に心臓発作で亡くなった例も伝えられた。
政府は軍と警察にもパンを焼かせ、一日約250万個を生産したが、必要量の1%余りにすぎなかった。小麦輸入をほぼ半分増やし、配給資格者も1,700万人追加した。安いパンが家畜飼料より安く、農家が飼料代わりに買うという逆転まで起きた。午前3時の列は、単なる小麦不足ではなく、国際価格、補助制度、製造能力、貧困世帯の食卓が一斤の価格へ集中した結果だった。
