1990年1月31日の朝、モスクワのプーシキン広場に、人々が夜明け前から並んだ。行き先は役所でも食料の配給所でもない。ソ連で初めて開店するマクドナルドだった。寒さの中で帽子やコートを身につけた客たちは、ハンバーガーを注文するために列をつくった。AP通信の当日報道によれば、店は700席を備え、レジは27台。初日には約3万食が売れ、混雑のため閉店時間も予定より2時間延びた。

この行列を「ソ連の人々がアメリカに憧れていた」という一行で片づけることはできない。開店は冷戦末期、改革のさなかの出来事だった。西側のチェーン店で食べる行為には、味への好奇心も、異国の店のサービスを体験したい気持ちも、商品が不足しがちな日常から離れたい気分も重なりえた。しかし、並んでいた一人ひとりの動機が同じだったと断定できる資料はない。

面白いのは、長い列があること自体は街の人々にとって新奇ではなかった点だ。新しかったのは列の先にあるものだった。何かが足りないから並ぶのではなく、見慣れない選択肢を試すために並ぶ。もちろん、食事代は誰にとっても軽い出費ではなかった。ニュース写真に写る群衆は、単なる陽気なお祭りの群衆ではなく、変化の入り口で異なる期待を持った人たちだった。

この年のソ連は、まだソ連だった。やがて国が解体することも、その後のロシア社会がどう変わるかも、列の最後尾にいる人には分からない。たしかなのは、一つの食べ物を買うための順番待ちが、日常の時間と世界史の時間を同じ場所に集めたということだ。歴史の転換点は、必ずしも演説台の上にあるとは限らない。ときにはレジへ進む列の中にある。

開店初日の店内では、多数の客を処理するために大量の従業員が配置された。外の列が新奇さを示す一方、内側では注文、調理、受渡しの速度が試されていた。モスクワの一日は、食文化だけでなく、行列を流すサービス方式そのものの輸入でもあった。

1990年1月31日の開店日、モスクワのプーシキン広場店は約3万人を迎え、当時世界最大級の客席を備えた。列の先にあったのはハンバーガーだけではなく、ソ連の日常にはまだ珍しい、速さと接客を商品化した西側式の店舗運営だった。