1943年ベンガル飢饉を現地取材したT・G・ナラヤナンは、サリシャの救済炊き出しにできた長い列を記録した。無料の食事を求めたのは、食料を買う手段を完全に失った人々だった。配られたキチュリは一人分を二、三人で分けることもあり、農民を支えるには足りなかったという。
記者が列の中で見たのは、食料不足だけではない。カースト・ヒンドゥーの後ろにナマシュードラが並び、その後ろにムスリムが続いた。ヒンドゥーとムスリムの母親が同じ屋根の下で子どもに食べさせていた。これは平等を祝う物語ではなく、飢餓が既存の境界を強制的に崩した記録である。列の順序は社会的身分ではなく、食事を受け取る必要によって決まった。
