1980年代初頭のポーランドでは、食肉不足が日々の買い物を難しくした。配給制度は購入できる量を定めても、店に商品が届く時刻までは保証しない。買い物は財布だけでなく、知らせを聞きつけて店へ向かう時間にも左右された。
配給券は不足を公平に分けようとする仕組みだった。しかし券を持つことと、夕食の材料を持ち帰ることは別の話だ。行列が生じたとき、そこには供給不足だけでなく、誰が先に入荷を知り、誰が仕事や家事を離れて待てるかという差も表れる。
社会主義時代の店先の列を、単に「昔は不便だった」という笑い話にしてしまうと、生活の細部が見えなくなる。ここで人々が求めていたのは珍しい品ではなく、当たり前の食事を当たり前に作れることだった。個別の店舗・日時の列は原出典で照合する必要がある。
配給券は肉そのものではなく、購入できる権利と量を示した。店に商品が届かなければ、券を持つ人の列は権利を食卓へ変えるためのもう一つの待機になる。
