1942年、米国では日系人が強制的に移動させられ、収容施設での生活を余儀なくされた。登録や居住区、食堂の割り当てを待つ順番は、自由な選択のための列ではない。人を番号や手続きに置き換える行政の仕組みが、日常の最も基本的な場所に入り込んでいた。行列を整然とした風景として眺めるだけでは、なぜそこに並ばされたのかを見失う。写真資料の撮影地と具体的な手続きは原典で確認する必要がある。

番号は管理のために使われたが、番号を付された人の人生まで数字に還元できるわけではない。強制移送を「整然とした受付」として語れば、誰がその場を選べなかったのかが見えなくなる。待つことが自由を奪う制度の一部だった点を明示する必要がある。

強制収容に伴う列を、一般の窓口サービスと同じ語り口で説明してはいけない。そこでは順番を守ることが自由な参加の証しではなく、命令に従わざるを得ない状況の一部だった。写真に整然とした人々が写っていても、政策の正当性や当事者の同意は示されない。列を生んだ法的・行政的な強制を本文から消さないことが重要だ。

米国議会図書館の写真説明は、1942年のピュアラップ収容施設で、強制移動させられた日系米国人が住居と食事の割当登録を待つ列だと特定する。ここで番号は便宜ではなく、国家が人を収容生活へ組み込む手続きだった。