2007年のクリスマス、ジンバブエの首都ハラレで働く整備士ケネディ・ツァンボは、東部ニャニャジに暮らす家族のもとへ帰ろうとしていた。必要なのはバス代だった。銀行口座には自分の金がある。それを引き出すために並んだが、三日間待っても現金は手に入らなかった。2008年1月13日付のAFP配信記事は、彼の体験を記録している。

これは窓口係の対応が少し遅い、という話ではない。2007年末のジンバブエでは急激な物価上昇のなかで紙幣そのものが不足し、銀行の外に長い列が繰り返しできた。中央銀行は高額の額面を導入したが、額面を大きく印刷することと、必要な場所へ十分な現金を届けることは別問題だった。記事には、せっかく稼いだ金を銀行に預けたのに引き出せない別の自営業者の声も登場する。

ツァンボが待っていたのは、貯蓄の増加でも、特別な給付でもない。家族に会うための移動を、自分で支払える状態になることだった。銀行を信用して預ける行為は、必要なときには引き出せるという約束の上に成り立っている。その約束が揺らぐと、人はただ現金を求めて並ぶだけでなく、次からは預けないほうがよいのでは、と考え始める。取材で彼は、混乱が終わるまで銀行に預けるのをやめる考えを示した。

列の外からは、何を待っている人々なのか分からない。銀行の前なら、お金だと思うだろう。しかしこの三日間の先にあったのは、一枚の紙幣だけではない。故郷へのバス、そして会うはずだった家族の時間だった。

三日分の待機が買えたのは帰郷の切符ではなく、現金を引き出せるかもしれない位置だった。銀行の列は、口座残高と移動の可能性の間に置かれた、もう一つの国境になった。